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    | comments(4) | trackbacks(0) |author : J.T. | |
    本願寺(Hongwanji)

    映画の話題からちょっと脱線・・・ 

    今日の東京は最高気温20度、と」天気予報のお姉さん。
    寒くなった。
    「またも、 いつの間にか秋も深まってしまった 」
    ”またも” というのは、へんな言いまわしに聞こえるかもしれないが、
    やはり、”またも” だ。
    北海道、東北、北陸、東海、近畿、中国、四国・・・
    いつも、この季節は全国をめぐっていて、
    バタバタとしているうちに時間が過ぎてしまうから。
    冗談めかして、「 秋の巡業 」 と名づけているが、
    小さな発見が楽しい季節でもある。

    先日、京都に行ったとき早朝の大寺院をめぐってみることにした。
    歩いて2時間コース、駅前のホテルに宿したので、
    たずねたのは、真宗のお東さんこと東本願寺と、お西さん西本願寺。
    両寺とも建物こそ巨大だが、御影堂と阿弥陀堂がメイン、
    安置してあるのも親鸞聖人の御影像が中心で
    いわゆる仏像見学の寺ではなく、
    信仰が中心の寺というイメージが強かったからという理由もある。



    まずは、お東さん
    門に近づくと、通りすがりのひと何人かが門前で足をとめ、
    一礼をして合掌をしていく
    門徒だろうか、
    早朝なので人通りがまばらだったので数は少なかったが、
    日常のなかで、仏教とはつながりがなかった自分には感動的でもあった。
    門をくぐると、巨大な御影堂が飛び込んでくる。
    親鸞聖人が亡くなって750年を迎えるにあたり10年がかりの大改修、
    西方にあるという極楽浄土を背にしているので正面は東を向いている。
    その正面の東から、のぼり始めた朝日を浴びて、
    新しくなった大屋根が輝いているのもいい。
    数珠をとり、合掌、南無阿弥陀仏。
    この時間は観光客などひとりもいない。
    なにかの集まりだろうか、門徒の方が少しずつあつまってくる。
    その流れにのって、御影堂から左の渡り廊下を通って阿弥陀堂へ
    巨大な広間に居るのは、ほとんどご年配の方、
    正座がしんどいのでしょう、
    小さな折りたたみの椅子を用意して広間の後方に陣取っている。
    自分は、あつかましくも一番前に正座し、
    修復工事の間、御影堂から移設してある親鸞聖人の御影像をじっくりみる。
    同じく阿弥陀如来像、聖徳太子の掛け軸も。
    正面の欄間には 「 見真 」 とかかれた大きな額がかかっている。
    ”見真” とは、明治期におくられた親鸞のおくりなで、
    御影堂が宗祖親鸞をおまつりしてあるところだというのがよくわかる。

    一般の人がはいれない、さらに前のほうでは、
    ひと家族が数人が僧侶の話を聞いている。
    近くにガイドらしき人がいたので、遠くからきた家族を亡くした方たちなのか、
    はたまた、念願の本廟へ来られたのかもしれない。
    しばらくして、僧侶の話がおわると”南無阿弥陀仏”ととなえはじめる。
    きっと、そのあと 「 正信偈(しょうしんげ) 」 というお勤めの偈文を詠んだのでしょう。

    さて、お東さんをあとにして、お西さんにむかう。
    境内の北側を西に行くとお西さん。
    東本願寺のお堀の大きな錦鯉を眺めながら、てくてくと西へ進む。
    錦鯉が一心不乱に大きな口をパクパクする姿は、
    人間の貪欲を象徴してるようで、あまり好きではない。
    仏教のいう三毒のひとつ、貪(どん)である、
    「寺院にはふさわしくないなぁ」 と、ぶつぶついいながら15分ほどすると、
    お西さんが見えてきた。














    ダイナミックなお東さんと比べると、瀟洒な感じがするたたずまいだ。
    門のところで、新人お坊さんの集団とすれ違う。
    先生と目される僧侶に引き連れられてぴょこぴょこと歩く姿、
    門を出るときに境内に向かってひょいっと頭を下げる姿は初々しく、
    先導する僧侶に遅れまじとする姿は、
    カルガモ親子をおもわせるユーモラスな姿で、思わず微笑んでしまった。
    しかし、葬式仏教などと揶揄され、しかも世襲制の寺の世界、
    その心中は、結構複雑なのかもしれない。

    御影堂の正面に到着。 合掌、南無阿弥陀仏。

    西本願寺は10年に及ぶ修復を終えていた。
    またまた、一番前にすわり、親鸞聖人の厨子を拝見する。
    内陣は、極楽浄土を模したのでしょう。金色の厨子に金色の柱、
    漆黒の漆の床はその金色を反射し、まさに極楽浄土のように荘厳。
    極彩色というのは、まさにこの極楽の色使いなのでしょう。
    3,000人を収容する広大な大広間をじっくり体に感じたあと、阿弥陀堂に移る。
    こちらにはひとが居なかったのでじっくりと阿弥陀如来像と対面させていただく。
    表にでると、朝日も橙色から白色に変化し、
    まぶしく阿弥陀堂の正面を照らしていた。
    門前で一礼し、境内を出ようとしたとき、
    橋の欄干の間に、小さなおばあさんが小さく縮まって座っている。
    ちょっと驚いたが、意識はしっかりとしていそうだ。
    しかし、その意識は忘却のかなたをさまよっていそう。
    ご近所の方だと思うが、なにを思ってそこにいるのか、
    自分には計り知れなかった。

    さて、京都駅に行こう。
    琵琶湖を越えて北陸に向かわねば。

    | | 16:40 | comments(4) | trackbacks(0) | |
    DVD・TV鑑賞 | comments(2) | trackbacks(0) |author : J.T. | |
    山のあなた 徳市の恋
    JUGEMテーマ:映画
     山のあなた 徳市の恋
     2008年・日本/94min/2008.5.24公開
    恋心っていうのは、ほんとに人をかえてしまうもので、これればっかりは時代が違ってもかわらないことのようです。

    ひとは関係性のなかで存在するのもで、自我なんて存在するかどうかあやしいものなんだよ。なんてよくいわれますが、自分を振り返ってみても確かに頷けるはなしで、自我と思っているものの多くは、あくまでも関係性のなかでの自分の立ち位置にほかならないような気もしています。

    だから、強力な磁石のような関係性の恋心は、はた目では自分を見失なったように見えても、関係性がひとりの人に偏りすぎただけで、実は本人の根本的なところはほとんどかわってなく、恋心がさめてくれば関係性のバランスがもとに戻るわけですから、どうしてあんなに燃え上がったのだろうと思うようになるんだと思うんですね。

    まあ、恋心のことを話すのにそんなめんどくさい言い回しをしなくてもいいんですが(笑)、そういえば松山千春がコンサートでいってたなぁ。うろ覚えなんだけど、確か・・・おれは恋の歌をたくさんうたってるけど、恋心って言うのはほんとの一瞬だけのものなんだよな。でも、みんなその恋心のために一生懸命がんばるんだよなとかなんとか・・・男であれ女であれ、あの甘酸っぱさは、たまらない味なんです。だから、こういった作品は延々と作られて行くんでしょうね。


    映画のストーリーとしては、小さな温泉宿で按摩として生計を立てている徳市が、ある日ちょっとミステリアスで美しい一人旅の女性客に恋をしてしまいます。ただ、恋心を抱いているのは徳市だけではなくて、温泉客の男も彼女に想いを寄せ接近するものですから、徳市の心に火がついて、おまけに温泉街の窃盗事件ともあいまって想いが妄想に発展するという展開です。

    徳市を含めた按摩さんたちや、温泉客のユーモラスな描写と、のどかな温泉街の風情、男心をくすぐる素性がよくわからないが美しくやさしい女性に恋する男二人との切ない心のやり取りあたりが見所でしょうが、しかし、なんとなく男性が頭で考えた妄想パターンの現実離れしたお話の感じで、特に感銘を受けるものではありませんでした。女性からみるとどんな風にみえるのかも気になるところです。

    原作( 清水宏監督 「按摩と女(1938)」 )があって、それに忠実に作成したようですが、あの徳市を含めた按摩さんたちや、ハイキングの学生たちのコミカルなというかコント的な動きや、ミステリアスな女性、三沢美千穂を演じるマイコ(新人)の間のとりかたや棒読み的なセリフ回しは、当人たちの演技力ではなくて、原作を忠実に再現した結果なのでしょう。特にマイコの演技は、古い映画を見たときに感じる当時の女優さんから受けるちょっと不自然な感覚がそのまま感じられて、ノスタルジックな感じを出すことには成功したんじゃないかとは思います。



    監督: 石井克人
    出演: 草なぎ剛(徳市)
         加瀬亮(福市)
        マイコ(三沢美千穂)
        堤真一(大村真太郎)
    | DVD・TV鑑賞 | 01:07 | comments(2) | trackbacks(0) | |
    | comments(0) | trackbacks(0) |author : J.T. | |
    Book 姫野カオルコの 『受難』
    仏教で、日常のありのままのこころを見つめる修行法に『摩詞止観(まかしかん)』 という心の探求法があります。こころの探求を神にたよらない。つまり感情を人格化せず「感情そのもの」として捉えようとする試みは、洋の東西を問わず、永遠のテーマのようです。

    冒頭から大上段に構えたような話しぶりですけど、性にまつわる心の動きを「感情そのもの」として生々しく表現した小説もすきだなぁというお話。作家も開き直る度胸が必要だがら、そんな小説は数は少ないのかも知れませんが、理性に基づいて開き直っつた作品には好感がもてます。


    女であることを精神的に否定され、肉体的にも男を受け入れられないところまで行き着つかされたとき、自虐的になるか、悟りの道をこじ開けるのかどちらかだと思うのですが、悟りの道をこじ開けたとしたらどうなるのか、というのがこの小説。

    姫野カオルコの 『受難』 は、女たることを二重に否定されたフランチェス子なる女性のなんとも奇妙なものがたりですが、その奇妙さが生みだす可笑しさというベールでものがたりを上手に包み込みながら、性を否定された女性を博愛に行き着かせるところがおもしろい。博愛って性を超越した時点から始まるのよとやさしく解き明かしてるようにも思えます。

    なんといっても、そのベールとなる可笑しさの元が、フランチェス子の体のだいじな部分に宿った”人面そう”の ”古賀さん” 。その”古賀さん”に女をとことんまで否定され、”古賀さん”の影響からか、物理的に男性を拒否する力を持ってしまう彼女。もともと修道院でそだったということもあって、性を否定された彼女はそれを博愛のパワーへと昇華してしまう。自らのプログラマーという職業のスキルを活用して世の男女のお役に立つ商売まで始めてしまいます。

    のっけから人面そうの”古賀さん”が登場し、あらぬところに住み着いてしまうのだから奇想天外な小説なのですが、それゆえに、「そうきたかー」という結末にもそれほど違和感をいだくこともありません。 姫野カオルコ のいい意味での開き直りの魅力かもしれませんね。

     『受難』を、処女をテーマにした小説と見ることもできますが、そうだとしても、処女そのものというより、処女という、まあある意味わかりやすい禁欲状態のエネルギーが心をどう動かしてゆくのかを表現しているととらえたほうがおもしろいです。あるいみ『摩詞止観(まかしかん)』的なこころ分析?というのはあまりにもこじつけでしょうか(笑) 

    姫野カオルコ(1958年生まれ)
    ある意味好き嫌いがはっきりわかれる作家だと思いますが、この感性私は嫌いではないのです。
    | | 05:49 | comments(0) | trackbacks(0) | |
    | comments(2) | trackbacks(0) |author : J.T. | |
    村上春樹の『1Q84』

    青豆と真吾という、二人称で展開するこのものがたりは、1984年から微妙にズレた1’Q’84年の出来事をミステリアスかつサスペンス的手法で描く新興宗教を題材にした小説です。

    なんとも説明しがたい’くうきさなぎというファンタジックなツールを使って、青豆という女性インストラクターと真吾という作家の卵が自ら選択した生き方を、親に多大な影響を受けた二人の子供時代や、リトルピープルが引き起こす超常的な現象を使って運命論的に描いて行くのですが、はっきりいって私には村上氏の意図がよく読み取れなかったようです。

    新興宗教とリトルピープルという特殊能力の源となる’人々?’との関係や、リトルピープルがなんなのか意味不明であること。教祖らが体験する性的な’儀式’の意味するところも非常に誤解されやすいご都合主義にとられてもおかしくないもので、意味不明でよくわからないし、限りなくファンタジックに収束してゆく結末にも違和感があります。

    あえて新興宗教を分析してみせることもなく、そこに巻き込まれた二人を、あくまでも個の視点で思考させているのも大きな要因かもしれません。

    青豆と真吾が自分の人生を選択するにあたり、自ら道を導き出させるということにより、現実はあくまでもリアルであり、つかみどころのない理想や空想の世界とは別に着実に進行するのだということを示唆しているのかもしれません。

    とにかく、緊張感のある前半の面白さと、ふわふわとした終盤とのギャップや、グッと引いた視線での語りがないことによって、かなり中途半端な作品に感じられたのは自分だけなのだろうかと思うしだいです。


    私事ですが、前回の記事からおよそ2ヶ月、実はかなり苦しい2ヶ月でした。だいぶ前から覚悟はしていましたが、小説『1Q84』の1Q84年が、青豆や真吾にとって抗えないたったひとつの現実であったように、厳しい現実との対峙だったからです。映画の中のさまざまな人生を疑似体験するのは楽しいことですが、リセットの効かない過酷な現実と対峙するのはこたえるものです。

    愛する人との永久の別れは、がらにもなく、それが意味するものはなんなのか、残されるものの人生はいかにあるべきかなどと考えてしまうのものです。生きる意味というのはいくら考えてもわからないのでしょう。ただ、今回の現実を通してひとつだけわかったことがあります。
    ”一日一日を精一杯生る”ことが大切だといいますが、その精一杯とはなんなのか・・・、自分にはよくわかりませんでした。好きなことに熱中できることなのか、いろいろな旅やレジャーやイベントを通し大いに好奇心を満たすことなのか・・・、社会のために尽くすことなのか・・・、それも大事なことです。しかし、もっとも大切なことは、一日一日精一杯愛し愛されるということでした。愛する人が最後の最後まで’生きられた’のは、それがあったからです。逝く者、送る者、両者にとってどうもこれだけは真実のようです。
    | | 22:52 | comments(2) | trackbacks(0) | |
    DVD・TV鑑賞 | comments(0) | trackbacks(0) |author : J.T. | |
    デトロイト・メタル・シティ
    ○デトロイト・メタル・シティ(2008)
    ○日本/104min/公開2008.08.23(東宝)
    ○コメディ・音楽・青春


    出番は終盤のほんのちょっと歌っただけなのに・・・ただものじゃない!このジャック・イル・ダーク役と思ったら、なんとKISSのジーン・シモンズではないか!「デトロイト・メタル・シティ」うん、もしかしたら、彼らのヒット曲「デトロイト・ロック・シティ」からヒントを得たのか?と思って調べたらやはりそう。若かりしころ、いまでいうビジュア系(きっと元祖)のKISSに初めて出会った時はかなり衝撃的でした。歌舞伎の’くまどり’を連想させる化粧に破壊的なステージ。自分はもうすこし柔らか路線のハードロックにはまりましたが、KISSをあまり知らない人でも”I WAS MADE FOR LOVIN' YOU”はどこかで聞いてると思うし、いまでも現役の息の長いバンドです。

    原作の漫画は読んでません。以前TVで放映していたアニメバージョンをちょっと見たことがありますが、それとくれべると映画のほうはかなり柔らかく作ってあるかんじです。というより実写版ではだぶん無理。原作に近いアニメ、こちらのほうはけっこう過激なギャグ路線のものですけど、こういう路線のアニメ結構古くからありました。リアルだったら嫌悪感だらけ、だけどギャグマンガだけの世界なら許せるというギリギリ微妙な感覚。

    デスメタルの歌詞はかなり危ないもので、特にこの映画の「SATUGAI」なんかはとんでもない詩だし、DMC(デトロイトメタルシティ)のアルバムとしてだされた10タイトルの曲は、曲名だけみてもオイオイ大丈夫?と言うかんじ。コロシテシマエなんていう歌詞はとても受け入れられないけど、いくら隠そうとしても確かにある人間の醜い部分や押さえきれない欲望の部分を遠慮なくストレートに噴出させているのも事実、このストレートさと高速ビートのドラムとギターリフ、ダミ声っぽいバスの効いたボーカルがストレートさを増幅してある意味熱狂的なファン層を獲得してるのだと思う。大部分のファンもこのストレートさがもたらしてくれるスッキリ感が心地よいだけでこの歌詞をリアルに受け止めているわけではないと思いたい。それにしても、この増幅作用をもたらすビートは意外と体に響いていくるから面白い。


    監督: 李闘士男
    原作: 若杉公徳 (白泉社『ヤングアニマル』連載)
    出演: 松山ケンイチ 根岸崇一=ヨハネ・クラウザーII世
       加藤ローサ 相川由利
       秋山竜次 西田照道=カミュ
       細田よしひこ 和田真幸=アレキサンダー・ジャギ
       大倉孝二 DMCのファン
       岡田義徳 DMCのファン
        松雪泰子 デスレコーズ社長
       ジーン・シモンズ (ジャック・イル・ダーク)

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    | DVD・TV鑑賞 | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0) | |